人間の場合、いったん生えた子どもの歯(乳歯)は、ぜんぶ抜けて、生えかわります。
「子どもは大人になる前に歯が抜ける。それと同じで、大人も老人になると歯が抜ける」という誤解がここから自然に生まれるようです。生後6ヶ月ごろから生えはじめた子どもの歯は、二歳半ごろに生えそろい、小学校に入るころから大人の歯が、生えはじめます。
そして、小学生のあいだにつぎつぎと乳歯が抜けて、そのあとに大人の歯が生えてきます。おたまじゃくしに足が生え、尻尾がなくなりカエルになるのと同じように、人間は歯が生えかわり、大人になるのです。
歯の生えかわりは、遺伝子によって決まっています。
この子どもの歯が抜けるときには、痛みもありませんし、血もほとんど出ません。子どもの歯は、ある時期がくると、根が自然に先の方から消えてゆき、すっかりなくなってしまうのです。子どもの歯が抜け落ちるときには、根のなくなった歯の殻が歯ぐきとくっついているだけの状態になり、自然に抜け落ちます。
これとはちがって、大人の歯は、本来抜けるようにはできていません。90歳で抜けても、抜けた歯には立派な根がついています。大人の歯が抜けるときには、90歳でも100歳でも病気に特有の、腫れたり痛んだり、血が出たり、熱が出たり、という症状を一度は経験します。大人の歯が抜けるのは、病気なのです。
同じ病気でも、ハシカやおたふくカゼのように、一度かかって自然に治るともう二度とかからないという病気なら、いやだけれども、どうせかかるなら早く経験しておいたほうが得です。
どうせかかるなら早めにという病気のかかり方は、何万年とつづいてきた人間とウイルスの正しいつきあい方なのです。こういう病気とちがって一度かかると治らない病気、何年も何十年も長くつづく病気は、かからないように注意をする必要があります。うまくできたもので、慢性疾患と呼ばれるこの種の病気は、治すことはむずかしいけれども、かからないように予防することは、案外かんたんなことが多いのです。
歯周病という病気は、ひどくなってから治すことはむずかしいけれども、かからないように予防することはかんたんな病気です。そして、若いころから注意をしていれば、年をとっても入れ歯になることはないし、歯で悩むことはありません。ちょっと手遅れで、歯の病気で悩みはじめた人でも、治療の仕方を「治すこと」から「悪くならないようにすること(予防)」へ方向転換すれば、取り返しのつかない泥沼に入り込むことはないでしょう。
20歳からの歯周病対策 熊谷崇著 講談社